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今年で15年目の車はだいぶお疲れのようで、7回目の車検を通すにはそれれなりに手をかけないと厳しいようだ。
普段乗っていて特に不安は感じなかったけど、前回の車検で注意を受けていた箇所に加えて、今回は他にもあちこちと...

修理すれば済むことかもしれないが、それだけの費用を出してまで乗っていたいとも思えないほどに、ここ数年でボロボロになってしまった。

仮に乗り換えようと思ったとしても、ここ最近、特に自転車を始めてからは車に対しての興味はすっかり薄れてしまっていたので、これといって魅力を感じているようなモデルなどもあるわけもない。魅力を感じないものにわざわざ高いお金をかける気にもなれないので、もし乗り換えが必要なら軽自動車か中古の車でもいいな〜などと考えていたけど、いざその時が来てしまうと、そんな気すらも失せてしまった。

なんとなくだけど、良いな〜と思えたとしても、今の駐車場の制限で選択肢から消えてしまう...

ふと、車が好きだった若いころを振り返ってみた。

一度だけFF車に乗っていた時があるが、まるでチャリオット(戦車)のような引っ張り回されるような乗り心地(乗ったことは無いがw)にうんざりして、それ以来ずっとFR車だった。ただ、FRとはいっても二十歳を過ぎてからはオートマチックしか乗っていない。だから乗っているというよりは乗っかって移動しているに過ぎないのかもしれない。要するに、車に乗ることの楽しさをすっかり忘れてしまっていたって事なんだろう。

あの、車を操る爽快感をもう一度呼び起こしてみたくなった。

僕にその爽快感を教えてくれたのが初代86だった。
今思えばシャーシの剛性もサスペンションも今ひとつだったけど
4A-GEU
軽いボディーに130ps
7800rpmまでストレスなく一気に吹き上がったっけ。

先日、久しぶりにそんな感覚を思い起こしながら、深い着座位置でクラッチを踏んで小気味よいシフトレバーを手首で操作し、クイックなステアリングの感触とリニアで爽快な回頭性に思わず興奮してしまった。Rの効いたコーナもなければアップダウンもないし、ましてや許容回転数まで踏み込むようなチャンスもない土曜の午後の市街地だったけど、それでもあの当時とはまるで違う、良く言えば今風の安心感に包まれた、高級感が漂う(笑)乗り心地だったけど、寛げるような余裕もない狭くて低い視線から見える風景が懐かしくって、エコカー全盛のこの時代だけど、年齢的にもこのタイミングを逃してしまったら、もう乗る機会は無いだろうな〜....などと。

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品質の悪さにも程があるだろう。

シールドが抜けにくくなるようにロックがダブルになっているのは良いが、抜けにくいということはそれだけプレートに大きな力が加わるってことだ。なのに何故かプレートは強度が全くない樹脂製のままだ。このLes Paulもご多分にもれず1周間も経たずにプレートは割れてしまったので金属のプレートに交換済みだ。ま、割れるのは最初からわかっていたから良いのだけれど、それ以上に気になっていたのがノイズだ。原因はアウトプットジャックの加工精度の低さだろう。思うような音が出せないのは自分の下手さが原因だから諦めるとして、ただ決して安くはない機材が不出来だとストレス以外の何物でもない。さっさと変えてしまえばよかったのだけれど、なかなかその気が起きないまま長いこと放置してしまった。

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それともう一つ、プレートを固定している4本の木ねじ...

これがまた短すぎるw

プレートを交換したさいにネジを締め直したらほとんど効いていなかったのでジャックを交換するついでにこれも長めの木ねじに交換だ。
シールドを挿してグリグリ動かしてみたが、それまでの喧しいノイズは一切発生しなかった。やっはり国産のパーツはしっかりしている。

南紀白浜には行ったこと無いけど、僕のなかには温暖な南国のイメージが出来上がっていた。

つい先週までは...

ところが、当日が近づくに連れて、温かいどころか、夜間の予想気温は関東より遥かに低い。

慌てて前日に防寒着をレンタカー会社止で送っておいた...までは良かった。

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当日、発達した低気圧と寒気の影響で特に東北から北海道は大荒れなのはわかっていたけど、まさか南紀白浜がこれほどだとは。

飛ぶことは飛んだし着陸だって問題なかったけど、滑走路上は27ktもの強風が吹き荒れていたし、着陸するときは雪も降っていた。ま〜それでも幸いにして滑走路上で作業する時間には雪は止んでいた。それでも気温は1℃〜2℃で風は相変わらずだったが。

聞いてみればこんな悪天候は年に一回あるかないかで、僕は最悪のタイミングで来てしまったらしい。

風を防いてくれるようなものなど一切ないなか、1時間半ほど経過した時点で体に異変を感じ始めた。時間が立つほどに耐え難いほどの痛みが増す。凄く嫌な予感がした。少し休んで体調を整えてから再開すべきだったかもしれないが、その時は休憩したらそれっきり再開できない予感がしたので無理して作業を進めたのだが、益々体調は悪化するばかりだった。それでなくても冷たい強風で手も体も思うように動いてくれないのうえ体調は最悪な状態なので作業にも手間取ってしまった。それでも何とか終えて滑走路脇の車のドアを開けたと同時に座席に突っ伏してしまった。室内に戻って横になっても全身がガクガク震えて顔も真っ青だったらしい。それを見て危険と感じた係の方が救急車を呼んでくれてそのまま近くの病院へ搬送され、即入院。

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点滴を3本打って、眠れない時間を過ごして、明け方になってようやく症状も落ち着いてくれたので10時少し前には退院して残りの仕事を片付けてから予定通り昼の便で帰ることができた。

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時間が余ったら少しドライブでもしようかと期待していたのに、なんとも印象深い南紀白浜となってしまった。今回で4度目の救急車。最初は忘れもしない911テロの晩に、やはり出張先のホテルの部屋で体調を崩して夜中に救急車を呼んでもらった。二度目はそれからしばらくして、職場で前回と同様な違和感を感じて早退したが、予想通りどうにもならならなくなって...
三度目は自転車での落車で救急車+ドクターヘリ、そして今回が四度目だ。三度目を除けばいずれも似たような症状じゃないか。

五度目はあるのか・・・

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手作りシリーズ第二弾!(第三弾は無いと思う・・・)

出勤日だった土曜日、午後は休暇を頂いて帰りにホームセンターに寄って板を一枚購入した。illustratorで型紙を作って板に転写して、マンションの大規模修繕やら道向かいの新築マンションの工事の騒音をいいことに、気兼ねなくバルコニーで騒音を撒き散らしながら板をカットする事2時間。ずっと中腰で作業していたので腰が痛いの伸びないのw

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日曜は朝からパジャマ姿のままバルコニーで過ごしたけど、手を動かしているからか、寒さも感じなかった。追加加工して間違えて開けてしまった穴だって木なら簡単に塞ぐこともできる。紙ヤスリで表面を撫でるように磨いていくと、なんとも言えない良い風合いが出てくる。長いこと時間をかけて木のぬくもりと柔らかな感触を楽しんだ。

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手持ちの道具だけで加工するのはかなり大変だったけど、それでも手間をかけてあげれば見違えるような出来栄えにすることだって可能だ。

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仕上げに薄っすらとニスを塗り、ギターの表面を傷めないようにフェルトを貼って折りたたみ式のスタンドの完成だ。

木でできているギターなんだから金属製のスタンドよりも木のスタンドほうが似合う。もう少し高級な木材を使えばもっと見栄えも良いんだろうけど...

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あぁ〜腰がいたいぞ〜

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土曜日はまさかの二日酔いで丸一日寝て過ごすはめになってしまった。
あんな店、二度と行かない!

というわけで、三連休の最終日になって、ようやく今年の走り初めだ。

しかし予想に反して朝から日差しがまったくなくって、午前中はウィンドブレーカーを脱ぐ場面などなかった。
ほんのすこしでも日が出てくれさえすれば体も気持ちも高揚するんだけど。

ま〜こんな日もあるさ!

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道沿いに咲いていた蝋梅からいい香りが漂っていた。
樹の幹に所々に大きなミノムシのような大きなものがぶら下がっていた。手に取るとボボロロに崩れて中から種子が出てきた。花が咲いているのに種子が・・・?
昨年の種子らしい。
持ち帰って植えたら芽吹くだろうか...

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昼ごろからは雲も切れて穏やかで比較的暖かくなってくれた。

そしてちょっと道をそれてみたら...癒やされた

今度はこの道を上から下まで走ってみたいな・・・

地蔵堂の手前で折り返して130キロほど走って1500m以上登れた。もうヘロヘロだwww

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振り返ってみれば3年連続で4日が年始の外出となってしまった。年明け早々から好転&温暖で自転車で走り出すには良いコンディションだったのに、何故だか自転車に乗って出かける気にならなかった。おかげで体重が...

明日からは仕事なわけだし、いつまでもダラダラしているわけにもいかず、と言うよりも体がなまってしかたないので、とりあえず外に出てみようと着替えたわけだが、散歩+αの服装なので正月休みの自転車は年末の一度だけになってしまった。

ま〜そんな時もあるさ。

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裏山を11キロほど歩いたり走ったりしたら途中で膝が痛くて走るどころでは無くなってしまったが、穏やかな休日に外でこうして体を動かすとが明日への活力になるんだろうな〜

僕の名前をヒエログリフにすると →   

そしてこれは →  ウジャトの目(左目)

まだ二十歳前だったかな〜
幼なじみの娘から「このグループ(洋楽)良いよ」と教わったのが「The Alan Parsons Project」だった。

Eye In The Sky

当然その当時はまだCDなんて普及していない。大きなLP盤のジャケット全体がパステルグリーンに塗られ、中央にヒエログリフが1文字描かれただけのシンプルなジャケットデザインだったけど、そのヒエログリフが神秘的でもあり逆にそれが強いインパクトになった。

ラーの目(右目)だ  ホルスの目(Wikipedia)参照

Eye In The Sky

オープニングの「Sirius」からアルバムタイトルである「Eye In The Sky」への絶妙な曲の繋がりにゾクっとさせられたっけ。透明感があり、壮大であり、幻想的でもあったり、時にPOPな感じもあったりと、アルバム全体的にまとまりがあって聴きやすい一枚だと思う。初めて知ったプログレッシブ・ロックというジャンル。これ一枚で Alan Parsons Project のファンになってしまった。

その数年後にリリースされたアルバムもすぐに取り寄せてもらった

Ammonia Avenue

前作の「Eye In The Sky」同様にオープニングから包み込まれるようなクリアなサウンドに引きこまれる。
そしてこのアルバムジャケットも印象的だった。
何かのプラントのパイプラインを上下左右対称に繋いだだけなんだろう。その無機質感と「Ammonia Avenue」というタイトル、そしてジャケット裏面の科学者たちが土に顔を埋めている様子には凄く重苦しい雰囲気を連想してしまったけど曲自体は全くそんな要素はない。それに今はこれが子供の頃よく遊んだ造船所や工事現場を思い起こさせてノスタルジックな気分にしてくれる。

Ammonia Avenue

多分、多くの方がこれらのアルバムに収録されている幾つかの曲を何処かで無意識のうちに耳にしているはず。
そんな僕もTVなどBGMで流れていた時に懐かしさのあまりにiTunesでダウンロードしたけど、どうしてもあのジャケットを手にしたくなって、先日わざわざ注文してしまった。
ただ、リマスターされて音も良くなったようだが、入手したCDのジャケットは当時のものと比べると陳腐化したように感じられる。ラーの目はソリッドカラーではなかったはず。もっともあの当時のLP盤を入手することはできないけど...