箱の中は四つ折りの紙が沢山♪(笑)

あの日から2週間以上が経ちましたが、まだまだ被災地では混沌とした日々が続いています。
被災した方々の事を考えると、ついつい我々も慎ましやかな生活になりがちです。
そして計画停電の影響も方々で出ていることでしょう。
しかし、そんな中でも復興に向けて多くの方々が少しずつでも確実に前に進んでいるはずです。
我々が何時までも鬱ぎ込んでいても日本の経済のためにはなりません。
そしてそれはいつか回りまわって被災地へも影響するはず...
このままではいけません。
僕らに出来ることは早く普段の生活に戻すことです。
そんなわけで昨夜は双龍でニューデザインのジャージ試着を兼ねて、震災への色々な思いを語りながら経済への貢献。
そして被災地への少しばかりの支援を…
で、今日も自転車には乗れず…いや乗る気になれずwww
よし!来週こそ乗ろう


通勤時は出来るだけMTBに乗っているのだけれど、ここのところ何故か休日に自転車に乗ろうって気にならなくて。
乗るタイミングを逸してしまっているのか、それとも自分で意識して乗るチャンスを潰してしまっているのか…
何れにしても全く乗れていないことには変わりない。
それに加えて先日の震災で余計に気持ちがモヤモヤしているし。
だから早く日常に戻らなくてわって思いから、今日になってようやく乗ろうって気になりました。
いや、ちょっと無理矢理重い腰を上げたって感じかな。
と言うことで一ヶ月振りのロードだったわけですが、気持ち以上に走れなくなったこの身体を元に戻すことの方が簡単じゃないと悟ってしまいました。
三連休中日なのに普段の日曜日に比べても極端に走っている車が少なかったです。
鎌倉なんかガラガラでした。
いたるところに地震の影響が出てます。
こんな状態が長く続くと経済全体にも悪影響ですね〜

走行距離:46.6km  Ave:26.3km/h  草津まで残り:考えないことにする

昨日、被災地から戻ってきました。
僕はたった一晩過現地で過ごしてきただけです。
たった数時間作業しただけです。
現地では今も多くの方々が被災地救援、復興の為に尽力されています…


今回の震災で仙台空港も津波の被害が出ました。
ニュースで流れた映像を見る限りでは、航空機を運用するために必要となる殆どの機材が使用不可能であろうことは容易に想像出来ます。
被害が少なければ被災地に近い大量物資輸送拠点となる施設なだけにこれはかなりの痛手です。
当然のように各方面で仮復旧に向けての動きが始まりました。
航空機を離発着させるために陸上側にも多くの機器が必要になります。
僕の仕事もその多くの機器の一部に含まれる物を扱う関係で、当然我々のところにも15日の夜になってその要請が入りました。
自衛隊のC-130輸送機を着陸させる為に17日の朝9時までに仮設機器を設置しなければならないと….
翌朝、仮設用の機器を準備して現地に向かうことになりました。
荷物の量からワンボックスに機材を積み込んで出発する準備を終えたのですが、
現地までの燃料確保において、軽油燃料の車では数珠つなぎになって押し寄せる大型支援車両と燃料の取り合いになってしまうとまずいので、急遽ガソリン車の狭いライトバンに無理矢理機材を押し込んで出発しました。
仙台空港へのルートは通行止めとなっている東北道を利用します。
その為には緊急車両としての申請が必要になるのですが、その申請手続きが完了するのが午後2時となってしまいました。
少しでも明るい間に作業を進める事はこれで出来なくなりました。
この日から被災地も真冬並みの気温にまで下がるのに夜間の作業を強いられるのは辛いところですが、そんな事も言ってられません。
被災地ではもっと厳しい状態が既に何日も続いているのですから。
現地の状況確認やら、復旧方法等の打合せに予定外の時間を費やしたために結局都内某所を出たのは16時過ぎでした。
首都高から東北道に入る時点で一般車は左に寄せられてそのまま高速を下ろされ、我々緊急支援車両はガラガラに空いた東北道を順調に北上しました。
走っている車は自衛隊や消防の支援部隊、日本赤十字社、その他支援物資を乗せた大型トラックや重機を乗せたトレーラー、我々のような比較的小さな機材を積み込んだ小型車両等々だけです。
我々が目にした自衛隊、消防、赤十字などの車両は殆どが遠方からの派遣でした。


遠く松山からご苦労様です!

自衛隊は四国、消防は九州(僕が昔お邪魔した事のある消防でした)、そして日本赤十字社の車両は沖縄ナンバーでした。
ところが、支援物資を積んで何往復もしていると思っていた一般の大型トラックの台数が、予想していた以上に少なかったのには驚きました。
これも燃料不足による影響なのでしょうか。
たまたまその時に走っていなかっただけだったのかも知れませんが….
一般の車が走っていないため、殆どのサービスエリアは休止状態でした。
電気が来ていないために自動販売機すら利用できない所もあります。
またその影響で断水によりトイレが利用できないところもありました。
しかし一番重要なのは燃料です。
事前に調べておいたGSで燃料供給に余裕のあるサービスエリアで給油をして先を急ぎます。
北上するにつれて次第に周りは暗くなり、気温もかなり低下してきました。
そして予報通り時々雪も舞って来ました。
被災地に入る前に夕飯は出来るだけ暖かな物を食べたかったので、サービスエリア毎に何度も車を止めてようやく食事ができる所を見つけました。
提供できる食事は蕎麦とうどんのみでしたが、それでも暖かな食事にありつけるだけ十分です。
中に入ると入り口付近にテーブルが一つ置かれ、その上にはパレットに乗せられた白い小さな買い物袋が沢山乗っていました。
そこに立つ係の方が、入ってきた一人々に「ご苦労さです!」と声を掛けて笑顔でその袋を手渡しているのです。
何だろうと受け取ってみると、中には暖かな握り飯が2個のとお新香がラップにくるまれて入っていました。
これから被災地に支援、救護に向かう人たちに対して炊き出しだそうです。


「災害地支援・救護の方要です」

正直これには驚きました。
と同時に気持ちが引き締まる思いでした。
この心遣いに多くの方が感動し、そして被災地支援への士気を上げたことでしょう。


暖かな握り飯にお新香までついてる!

最初のうちは降ったり止んだりしていた雪でしたが、福島に近づくにつれて本降りとなり、運転にも注意が必要なくらいに視界が遮られ、やがて路面に雪が積もり始めました。


やがて雪に...

しばらく進むと前方に赤いテールランプが煌々と点灯していたので慌てながらも慎重に速度を落とすと、既に沢山の車が雪が積もった道路に止まっていました。
遙か先で車が横を向いてしまい道路を完全に塞いでしまっている、と近づいてきた道路関係者が教えてくれました。
仙台空港へ残り100キロの地点でまさかの事故です。
左側の路肩では自衛隊の車列が車を止めて一斉にチェーンを巻始めました。
このまま長い間身動きできないと明日朝までの復旧作業に支障を生じるばかりか、場合によっては間に合わなくなってしまいます。
焦りましたが待つ以外に何も出来ません。
40分ほど経ってようやく動き始めました。
ノーマルタイヤのワゴン車が原因だったようです。
天候の確認も出来ない程に慌てて出てきてしまったのでしょうか…
ま〜この程度で済んで良かったです。
宮城県に入る頃には雪も止み、空には星も輝いていました。
しかし路面は地震の影響で所々隆起しているところがあるので速度を落として慎重に走る必要がありました。
仙台方面は街の灯りもあって一見すると普段と特に変わりなく見えますが、仙台空港方面に向かう程に街の灯りは無くなっていきました。
空港への出口で高速を降りると周囲は一変しました。
車のライトが照らし出す範囲を見ただけでも瓦礫と化した街の様子がはっきりと判ります。
ニュース映像では何度も観てはいますが、実際に自分の目で観てみると言葉ではうまく表現出来ないくらいに酷い有様でした。
明るくなってから目に飛び込むであろう光景を想像しててゾッとしました。
空港の敷地内に入ったは良いが、ここに来て進むべき道が判らなくなりました。
瓦礫を除けながらそれらしい開けたところを数十分間彷徨いまよってようやく目的の建物へのルートを見つける事が出来ました。
車を建物の脇に止めて防寒着を着てから機材を抱えて真っ暗な建物の中に進むと、一階の廊下は海水を含んだ泥や瓦礫で埋め尽くされ、一つの部屋には数台の車がガラス戸を突き破って積み重なっていました。
冷たく冷え切った真っ暗ら建物の中で我々の到着をずっと待ってくれていた方と簡単な挨拶を済ませ、
機器を設置する屋上へ向かうと、そこには既に米軍の空軍特殊作戦軍団のMC-130輸送機で強行着陸した海兵隊員数名が無線機の設営を始めている真っ最中でした。
普通なら降りれそうも無いような所にでも飛行機を降ろしてしまう技術と装備、そして機動力は流石です。
この破壊された空港を自衛隊が使えるようになるのも、こうした彼らの活躍が大きく後押ししてくれたからでしょう。
特に言葉など交わすまでもなく、お互い笑顔で挨拶して、感謝の意を伝えてからこちらはこちらの仕事を淡々と進めていきます。
大きな障害物の無い空港の屋上では冷たい風が何に邪魔されることもなく吹き荒れていました。
指先は凍えて手は思うように動きません。手元を照らすのは頭に着けたLEDヘッドライトの頼りない灯りのみです。
そして作業をしている間に何度も余震が来ては屋上の構造物を大きな音と共に揺らし、その度に作業する手が止まりました。
それでも作業は順調に進み、屋外の作業が終わったのが開始から2時間程経過した夜中の0時過ぎでした。
いったん室内に戻って冷え切った身体が温まるのを待ってから残りの室内での作業を進め、持ってきた発電機を屋上で回して機器が正常に動作するのを確認出来たのが2時前でした。
ここで一同安堵の表情です。
後は5時まで仮眠を取って翌朝の最終チェックに備えました。
津波の襲来によって全ての機能を失った、ただ建っているだけのビルは煖房はおろか、1階は壊滅状態のためにすきま風で冷え切っていましたが、毛布にくるまって寝袋に入り、ソファーの上で横になれたのは幸いでした。いや、ソファーに寝たのは僕一人だけで他の方は冷たくて硬い床に寝ていたようです。
何度も余震があってその都度目が覚めましたが、そでも2時間近く眠ることが出来ました。
被災地の方はあの日からずっとこんな夜を過ごしているのかと思うと気が重くなります。
朝5時過ぎ、防寒着を着込んで屋上に上がると、各種ケーブルでドアが半開きになったペントハウス内で冷たい隙間風に耐えながら海兵隊の一人が寝袋に入って寝ていました。
我々の作業でお疲れの所を起こしてしまって申し訳無かったです。
屋上に出ると気温は氷点下で相変わらず強い西風が吹いていました。
そして空港の周りを見渡すと、見える範囲は荒野と化していました。
いったいどうすれば、まるで戦争でもあったようなこんな悲惨な光景を作り出せるんでしょうか…
※写真は撮りましたが、今回あえてブログにはアップしません。
冷え切った空気の中、管制塔の向こうから綺麗な朝日が昇ってきました。
被災地にとっては、また寒くて辛い一日の始まりです。


夜明け

それぞれの機器が正常に動作していることを確認してから、ガスボンベで沸かした熱いお茶をいただき、持参した弁当で朝飯を済ませてから撤収準備をして空港を後にしました。
残念ながら我々が空港にいる間に救援物資を満載した自衛隊機が着陸することは有りませんでしたが、帰る車中のラジオで着陸したとのニュースを聞いた時はホッとしました。
途中、名取川のあたりでは高速道路上から消防隊員達がまだ行方が判らない方達の捜索をしていました。
また、別の用事で福島市の中心部に立ち寄りましたが、どのガソリンスタンドにも長蛇の列が出来ていました。
地方に行けば行くほど自動車に依存せざるをえない生活になります。
ここ福島市でも燃料不足による大きな影響が出ているようです。
原発事故が収束しない今、やむを得ず避難するにしても燃料が無ければどうにもなりません。
これは深刻です。
東北道を南下していると、所々で新幹線の高架を目にしますが、その多くの場所で架線を吊っている柱が何本も折れ曲がっていました。
東北新幹線の復旧にもまだまだ時間が掛かりそうです。
この日も東北道の対向車線は消防車両と機動隊の車両が被災地に向けて列をなして北上していました。
我々が走っている上り車線は災害救助任務を終えて疲れ果て、交代のためにそれぞれの基地へ戻る自衛隊と、物資を被災地に届けて引き返す大型車両、そして原発事故のために避難すると思われる小さな子どもを連れた家族連れの一般車両が殆どでした。


サービスエリアで仮眠を取る自衛隊の車列。みなさんお疲れ様でした!

都内を抜けて職場に戻ったのが夕方の4時前でした。
ちょうど計画停電の真っ最中で職場の中も冷え切っていました。
電源と照明の無い暗い部屋の中で各が今出来る仕事を見つけては電源回復までの時間を過ごしています。
通電されている間も余計な照明は落とし、煖房は出来るだけ切るか控えるかしています。


節電

被災地ではまだまだこれからも厳しい生活が続く事でしょう。
我々もロウソクに火をともして最低限の電力消費に努めましょう。
それでも陽はまた昇りますから....

東北関東大震災におきまして、被害にあわれた皆様に心よりお見舞いを申し上げます。
犠牲になられた方々とご遺族の皆様に対しまして心よりお悔やみを申し上げます。
また、被災地におきましては、昼夜を問わず被災者救助や災害対策に全力を尽くしていらっしゃる皆様、
そして、福島原発の危機打開に向けて命がけで作業にあたってる関係者の方々に敬意と感謝の意を表します。
横浜に住む僕らでも何か被災者の方々に役立てることはないかと考えていました。
節電への協力、食料品や生活必需人、燃料等々の買いだめを控えるなど…
ところが被災地でも無いこの横浜でもスーパ、コンビニ、家電量販店でありとあらゆる物が棚から消えました。
みんなこぞって買いだめに走っているようです。
おまけにガソリンスタンドには朝早くから長蛇の列で周辺道路まで渋滞する始末w
気持ちは判らなくもありませんが、何かが間違ってませんかね〜
いま一番困っているのは被災地でしょうに…
今何をすべきか、また何をすべきでないかを考えましょう。
明日朝までに物資を積んだ自衛隊の輸送機が着陸できるような体勢を確保するために、
僕もこれから機材を車に積み込んで仙台空港に向かいます。
こんなかたちですが、被災者の方々に対して少しでもお役にたてることは嬉しい限りです。
それでは

3月7日(月)


マイクロバス

石打港から長浜港までは町営のワンマンバスに揺られて30分
乗客は僕一人だけ
移動に一日がかりなのに仕事はたった40分で終了です(笑)
本当に仕事に来たのかと自分でも頭を傾げたくなる。
まだ外は明るかったの島の北側を回ってみた。
今回は時間に余裕がないと思っていたからランニングウェアは持ってこなかったが、たとえ持ってきていたとしてもこの日の島は20メートルもの風が吹いていたから走ろうにも身体が飛ばされちゃってそれどころじゃなかっただろうね。


この写真を撮るのにどれだけ怖い思いをしたことかwww

カメラを構えたところで強風でカメラが固定できないし、吹き付ける潮風でカメラのレンズもビショビショ。
身の危険を感じたのでシャッターを押したと同時に撤収w
それでも宿に帰る途中で夕日を見るこことが出来た。
もう二度とこの夕日を見ることは無いだろう....


民宿に戻って風呂で身体を温めたは良いが、夕飯は何故か海岸線を200mほど歩いたところにある別の建物w
取りあえず生を注文したが、出されたのは冷えたビールジョッキと瓶ビールに栓抜きw
焼酎のロックを頼めば、酎ハイグラスに並々と焼酎を注いでくれる...


生には違いないが...

そうそう、歯ブラシを持ってくるのを忘れたので女将さんに聞いたら、
オヤジさんがわざわざ町外れのスーパーから歯ブラシセットを買ってきてくれた。
もちろんお金は僕が払ったが(笑)
いいね〜島は
で、8時に食堂を追い出されたは良いが宿に戻る途中には2軒のスナックがある。
よしゃ〜いいのに吸い込まれちゃったw
島の夜はゆっくりと時間が進むからね〜
店に入ると中には誰もいなかった。
20秒ほど待っていたら奥からママさんらしい方が…
昭和27年に小学校に通ったってことは....あははw


3月6日(日)


この日の三浦海岸駅は人、人、人!
この駅にこれだけの人が降り立つのはもしかして年に一度この日だけではないでしょうか?
三浦国際市民マラソン
先月、このマラソンの試走を兼ねて僕も自身初めてとなるハーフマラソンを走ることができました。
三浦の素晴らしい景色を楽しみながら比較的ゆっくりとしたペースで一緒に走った仲間達と話ししながら好天の三浦を満喫出来たランでした。
そしていよいよ本番となったこの日、5人の仲間がアップダウンのキツイこのコースのハーフマラソンを走ると言うことで、
今回僕はそんな仲間達の応援に行ってきました。
参加したのはmasaさんyuki3110さん、motoさん


一緒の一からスタートするmasaさん、yuki3110さん、motoさんはSSRジャージを着て走った!

そして別のグループで参加しているまきさんを見つけて挨拶することは出来たが、よこや君の姿は残念ながら見つけ出すことは出来なかった。


みんなのスタートを見送ってからゴールするであろう時刻までは1時間半以上あるので、応援に駆けつけてくれた林檎さんと一緒に砂浜に設置されたテントの下でみんなのゴールを待ちました。

続きを読む


今朝は8時過ぎに布団から這い出した。
自転車に乗るつもりは無かったし、たまにはゆっくり遅くまで寝ていても良いかって
昨夜遅くまでダラダラ呑んじゃったから...
で、ゆっくり朝食を取って、夕飯の買い出しして、昼飯は家でピザ焼いて、
ピザとなればイタリアワインと先週から妙なループに入り込んでる始末w
このまま横になったらそのまま夕方までグッスリ。
そして夜寝れなくなってまた深酒となる。
これはマズイ!
何かしなければ...
足の調子は思いの外痛みも残っていないので、少しくらいなら自転車で走っても平気だろうけど、
ワイン飲んじゃったからそうもいかないし。
となるとランニング?
走ってみて痛むようなら途中で止めればいいわけだからって、早々に着替えて走り出した。


1キロ走ったあたりで少しだけ痛みがあったが、その後はそんな事も忘れて走ることが出来たので、
そのままいつものアップダウンのあるコースを一周することにした。
付け焼刃だね(笑)


自宅 → 最寄りの公園 → 戸塚カントリー → 大池公園 → 横浜カントリー → 自宅
ただね7キロまでがキツかった〜
ワイン3杯呑んだからwww
それでも8キロあたりからはいつも以上にペースが上がってもう少し走りたいくらいだったけど、
無理はいけませんから….(^^;
三浦国際市民マラソンの前日だって言うのに走ってる人もいるし(爆)


こんな事なら自転車で青空茶屋に行けば良かったな〜なんて思ったら、今日じゃ無くて明日だった...orz
誰か早く教えてwww

走行距離:10.75km  ペース:5’19″/km


ようやくスッキリ晴れましたね。
でも心の中はドンヨリした雲の下、霧につつまれて湿ってしまいそうですw
昨夜の事でした。
この日もお酒は抜こうとオールフリーで始めたんですが、
明日は久しぶりに自転車にしようかな〜それともランにしようかな〜なんてどうでも良いことを悩みながら、寝る間際になってウィスキーのロックを寝酒にと...
別に一杯ぐらい飲んだからって酔っぱらう訳じゃ無いし、寝付きが良くなるなんて思っちゃいないんだけどね〜
酒飲みの悪い癖って言ってしまえばそれまでなんですが(^^;
いつもだと一杯だけと言いつつ、一杯入ればその後だらだら…な展開が目に見えてるんですが、この日の僕は違いましたね〜
キッチリ一杯でボトルの口を固く閉じましたから!(笑)
ま〜たった一杯だろうが呑んだことには変わりない訳で、そんな堂々と胸張って言えることジャないんですがw
で、布団に入ろうとしたんですよ。
テレビだけがついている薄暗い寝室に入って...
ボキッと変な音が足下から響いてきましたよ。
ベッドの角を思いっきり蹴飛ばしちゃったんですw
これまでも何度かあったことなんですが、今回はこれまでに無いくらいに見事にヒットしちゃいました。そのまま我慢出来ずにベッドに倒れ込んで悶絶していると、そのそばでレオンが心配そうな顔して伺っているわけですよ。レオンは自分が何かしちゃったんじゃないかって不安顔で尻尾ふってるけど、こっちはそれどころじゃありません。
ようやく痛みが治まりだした頃、恐る恐る右足のぶつけた箇所と思われる何本かの指を曲げてみたんだけど、何とか曲げ伸ばし出来たので、今回も僕の強靱な骨は耐えてくれたか〜と安堵の気持ちでいつの間にか夢の中に落ちていました。
フリーを2、3本飲んだ日はトイレが近いんですよね〜
歳だから?
この日も寝付いて1時間もしないうちにトイレに行きたくて目が覚めたんですが、そのタイミングで足の指が痛いことを思いだしたわけですよ。そしたらもう痛くってなかなか寝られません。
指をほんの少しだけ動かすと、指先の感覚がなんか変なのが判るんだけど、起きて電気付けて確認するのが面倒で...
そのまま何時間か布団のなかでウツラウツラしてました。
3時間ぐらいは寝たんでしょうか、いつもの時間に布団から這い出して足の指を見てみると、少しですが青く腫れていましたよ。
念のため病院で診察を受けようと職場に連絡したは良いけど、診察時間まで時間をもあって間が持たないので、職場に行ってから様子を見て、痛みが続くようなら夕方にでも診察受ければいいや〜と靴を履こうとしたら、
激痛ですよw
玄関で思わず悲鳴を上げてしまいました(><) 仕方ないので少し自宅で時間を潰して行きつけの(笑)の整形で診察を受けてきました。 真上から1枚、横から中指と小指が薬指に重ならないようにもう一枚。 先生:「モリさんね、この写真見てくれる、これが基節骨、その先が中節骨で一番先が末節骨ね」
モリ:「はぁ〜」
先生:「この写真を見る限り綺麗で特に問題は無さそうですね〜(笑顔)」
モリ:「あ〜そうですか〜良かったです!(ほっ♪)」
先生:「でね〜モリさん、こっちの写真を見てもらうと判るけど、今回モリさんがぶつけちゃったのがこの末節骨ね...(笑顔)」
モリ:「はぁ〜(不安顔)」
先生:「でね〜モリさん、ここ、良くわかると思うけど、ヒビが入ってるね〜ほら(微笑)」
何でそんなもったいぶったような言い方するかな〜w
モリ:「えっ!、マジッスかw(驚顔)」
先生:「ん、ま〜すぐ直るから....(笑顔)」
モリ:「どれくらいで直りますかね〜?(不安顔)」
先生:「ん、ま〜2週間は痛みはあるだろうね〜(笑顔)」
モリ:「.....」


右足くすり指の末節骨根本に亀裂www(>_<)ゞ

自転車乗っちゃダメですか?
ランニングしちゃダメですか?
なて馬鹿げた言葉がそこまで出かかりましたが、そこはグッと堪えて...
骨にヒビが入ったなんて中学生の時にスケボーで転んでだ時いらいだな〜
歳を取ると足下がね〜…
嫁さんからは「ケガをするなら自転車かと思ってたけど、まさか、ベッドに足ぶつけてケガするなんて...」
なんて嫌みまで言われ...
そんな事は本人が一番痛感してますからwww
てな訳で自転車で走るのも自分の足で走るのも当分お預けでしょうかね〜
そうなると呑み食に走りそうで(爆)
いや、笑えないw

今から3年ほど前だったでしょうか
Macworldでのプレゼンでスティーブ・ジョブズがマニラ封筒からMacを取り出してみせるあのシーン
そしてその後のTVCMでもやはりマニラ封筒がうまく使われていました
なかなか憎い演出でしたね〜
で、僕も…


ただただ、これをやってみたくって…

ま〜それは冗談ですが、先日の出張で2.5kgの重しを持ち歩くことに些か疲れました。
それに机の上が最近手狭になってきたので、まだ買って1年半しか経っていませんでしたが、
まえのが高額で売れたのも幸いして、ここは一つ….
多少のスペックダウンにはなりますが、それを感じさせないくらいにSSDは快適です。
これで今年の夏は両手が汗ばんでしまうような事もないでしょう。
こんなパロディーまでw
最後の「Mado on Mac」には笑える(笑)
それだけインパクト大きかったってことか?